一日断酒の意味をおもう
のっけから個人的な見解を書かせていただきますと、
人とアルコールとのかかわりを考える土俵の上で、同じ人間である以上
「どれだけひどいアル症(だった)か」とか、
「どんな診断を受け、どんな治療をうけたか」とか、
「自分で気付いてやめようと思ったか、それとも医療機関で無理やりそう指導されているか」とかは、あまり本質には関係ないのではないかと思っています。

例えば花粉症の話で、「軽い花粉症だから」とか「マスクなしでは歩けないどころか、目も開けられない」とか、そういう症状で区別したり、ましてや、「自分は花粉症じゃないかなあと思うけど、診断されたことないから」と言って、放っておいたら、どんどん症状はすすむばかりなのと一緒だと思います。アルコールはまぎれもない生体毒だから、それに対する中毒症状はれっきとした病気です。と思います。

その前提で、「一日断酒」のお話。
これは、断酒会でみなさんが口にされてる有名な言葉。
私は以前にも書きましたように、不飲酒、不飲主義という言葉を使ってますけど、この断酒会の言葉のもつ不思議な力にひかれます。

つい最近、テレビで、「悩む力」という本の著者の方のインタビューをやっていました。本当は読みたい本なんですけれど、海外だと簡単には手に入らないので、こういう番組はうれしかったです。
そこで言われていたのは、
「悩んでこそ、本当のカタルシスが生まれ、そして突破する力、革新する力がうまれる」
(カタルシス・・・「あるポイントを境にそれまで準備され蓄積されてきた伏線や地道な表現が一気に快い感覚に昇華しだす状態や、またその快い感覚」はてなキーワードより)

「悩むとは自分が何者かを考えること」
「不安はつきまとう。しかし、過ぎ去って変えられない過去を悔やんでも、まだ見えぬ未来に不安をかきたてられても、それらを考え悩んでも仕方ない。結局は、今、今のこの時こそ、自分がなんとかできるときであり、生きている時、この今を悩み生きよう」
というような内容と受け取りました。

それで、なにか目からうろこが落ちた気がしました。
一日断酒、魅かれる言葉だけれど、なんだか、その日一日を、歯を食いしばって、苦しみつつやりすごすイメージがちょっぴり苦手だったんです。だけど、本当は違うのかもしれない。
飲んで狂って自分にも他人にも迷惑をかけた過去を思い出しても取り返しがつかない。かといって、未来をみつめようにも、かすかな光すら見つけられないときがある。
そんな時は、今だよ。今このときを、悩んだり苦しんだり、でもなんとかしようと、生きてみようよ。
そうするうちに、きっと道が開かれるよ。
そんな深い意味、いえ、さらにもっと深い意味もあるのかもしれないなあ、と。

ちょっとまた、この言葉が好きになりました。
自分も一日不飲酒、今を不飲酒、で一歩ずつ足を踏みしめて、歩いていこうと思います。

お読みくださって本当にありがとうございました。
もう12月も半分をすぎて、来年の暦が一日一日近づいてきていますね。
今日一日の一歩が、たしかな足跡を残しますよう。
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by finnerake | 2012-12-17 22:34
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